■ 沿革
岩城館は新城周辺を支配していた岩城氏の居館である。
貞和年間(1345〜1350)に岩城右衛門太夫安信により創館され、以後は岩城氏数代が居館としていた。その後、弘治3年(1557)に安東愛季に岩城館が攻められた際は佐藤出羽守綱吉の居館であったとされている。
佐藤氏の後には再び岩城氏が在住したが、天正16年(1588)の湊合戦において、館主である岩城半治郎は湊安東氏方の安東高季に味方したため、檜山安東実季に攻められ岩城館は落城した。
■ 構成
湊城より北東に約4.5kmの位置の標高約75mに位置する。
主郭と二ノ郭の大きく分けて二つの郭によって構成されている。
■ 現況
館跡の台地には新城神社が祀られており、館の北に岩城氏の菩提寺である福城寺がある。
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■ 外周
大手口は東側に位置していたが、現在は土砂採取のため消滅している。 |
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■ 二ノ郭虎口跡か
土塁が設けられている。
画像は上部より望んだところ。 |
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■ 二ノ郭入口
岩城神社脇を通る。空堀と土橋が確認できる。 |
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■ 二ノ郭土塁
二ノ郭中央部を僅かな高さの土塁で区切られた跡が残る。 |
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■ 二ノ郭縁部土塁
二ノ郭西端の縁部に土塁が確認できる。 |
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