■ 沿革
永正年間(1504〜21)頃、湊安東氏が設けた白華城の支城である。
落城したのは永禄10年(1567)頃といわれ、その相手ははっきりしていない。同じ年に本城である白華城が豊島玄蕃によって落城しているが、わずかに残る白根館の資料や伝承に豊島玄蕃の名は出てこない。下浜の羽川氏や安東実季ともいわれている。
また、落城の際に宝物を隠したといわれる井戸や、麓に「首落とし」、「千人沢」等の地名が残っている。
■ 構成
雄物川左岸の水沢集落から急勾配の坂道を登った見晴らしの良い台地に本丸が位置する。
■ 現況
本丸跡に俳人石井露月の句碑が建っている。
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■ 本丸への道
始めは山林で薄暗い山道であるが、進むにつれて明るくなっていく。 |
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■ 雄和の町内
本丸手前からの眺望。雄物川が流れ、対岸には雄和の町内が一望できる。 |
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■ 本丸
本丸の奥側より見たところ。石井露月の碑が見える。 |
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