深浦館 空堀
 訪問年月日  03年8月16日 / 07年8月18日 / 09年4月11日
 別称  元城
 所在地  青森県西津軽郡深浦町大字深浦元城
 創築者  木庭伊勢頼清か
 主要城主  木庭伊勢頼清・千葉弾正
 築城年  永正年間(1504〜21)初め頃か
 廃城年  −
 様式  山城
 構成  一ノ郭・二ノ郭
 遺構  郭・空堀
 設置・復原物  標柱・説明板
 文化財指定  町指定史跡
 ■ 沿革
永享年間(1429〜41)、安東氏が城主であった大光寺城が南部氏に攻撃され、落城した。
その際、安東氏の一族である葛西伊勢守頼清は辛くも逃れ、永正年間(1504〜21)初め頃に深浦館を築いて、木庭伊勢頼清と称した。

その後に千葉弾正が深浦館を居城とし、地名から深浦弾正とも呼ばれた。
天文年間(1532〜55)頃、千葉氏は大浦氏に攻められて落城した、または天正年間(1573〜92)に降伏したなどの伝承が伝わる。詳細は不明であるが、結果的に千葉氏は大浦氏に敗北したものと思われる。
その際、黄金の鶏を井戸に投じたという伝説が今でも伝わるという。


 ■ 構成
深浦館は二つの郭で構成されている。
一ノ郭は北の高所に位置し主郭であると考えられ、東西33m×南北88mの規模であり、西側に腰郭が4〜5段見られる。
二ノ郭は東西80m×南北100mで南北に3段に分かれている。二ノ郭の南側には丘陵から切り離されるように5本の堀が存在し、その幅は合計50mに達する。


 ■ 現況
現在は元城龍神宮が祀られ、麓には標柱や説明板が設置されている。
また空堀や井戸跡、郭などが良好に残る。

■ 説明板
北西端に位置する。
■ 北側道路
画像右側が城跡となっている。
■ 入口
元城竜神宮の鳥居が建っている。
■ 登道
大規模な空堀跡と思われる。
■ 二ノ郭跡
登りきると二ノ郭に辿り着く。
■ 元城竜神宮
社手前の窪みは井戸跡であり、現在も水を湛えている。
■ 一ノ郭南側
画像右側は一ノ郭の切岸。
■ 一ノ郭
二ノ郭より高位置にある。主郭であったと思われる。
■ 二ノ郭
二ノ郭南側。この先に五重空堀が位置する。
■ 五重空堀
二ノ郭南側は五重の空堀によって尾根と切断されている。
全幅は合計50mにも達する。
■ 五重空堀 北側より1本目
五本の空堀の中では最も規模が大きく、幅約15m程である。
■ 五重空堀 北側より1本目
底部よりの画像。
■ 五重空堀 北側より1本目
畝が確認できる。
■ 五重空堀 北側より2本目
北側1本目に続き、ほぼ同じ規模である。
■ 五重空堀 北側より3本目
南側3本は大体同じくらいの規模である。
■ 五重空堀北側より4本目
■ 五重空堀 北側より5本目
五重空堀の南端。





ふかうらだて
深浦館