すみよしだて
住吉館
住吉館 土塁  訪問年月日  2009年9月20日
 別称  −
 所在地  福島県伊達市梁川町東大枝字住吉
 創築者  −
 主要城主  大枝氏(一説には酒井大学)
 築城年  −
 廃城年  −
 様式  平城
 構成  主郭
 遺構  土塁・水堀
 設置・復原物  説明板
 文化財指定  −
 ■ 沿革
住吉館の館主は酒井大学と伝わる。
しかし、この地は伊達氏の勢力下にあり、伊達郡において伊達氏の家臣団に酒井なる者の名が見当たらない。従って、住吉館はこの地より東南1kmの位置にある大枝氏の居城である大枝城の根古屋、もしくは隠居館のような存在であったと考えられる。

安永5年(1776)、大枝氏の菩提寺であった光明山徳本寺が火災に遭い焼失すると、住吉館跡に再建され現在に至っている。


 ■ 構成
住吉館は一辺100m強規模の方形単郭の館であり、大手口は東側に位置していた。
幅約9m、深さ約1.5mの水堀によって周囲を囲まれており、その内側には幅約15m高さ3mの土塁が廻らされていた。


 ■ 現況
現在は光明山徳本寺の境内・墓地となっており、周囲の土塁や水堀などの遺構は北側の一部を除き、良好に残っている。

■ 徳本寺入口
大手口は東側とされるが、徳本寺の入口も東側である。
しかし、北側半分が消失してしまっており、大手口も後世の改変があったものと思われる。
■ 東側土塁跡
頂部に祠が祀られ、脇には説明板が設置されている。
■ 東側水堀跡
土塁の外側に水堀が位置していた。
■ 主郭跡
現在は徳本寺の境内及び墓地となっている。
■ 南側水堀跡
良好に残る。
■ 南西側水堀・土塁跡
内側に土塁、外側に水堀を配する。
■ 北側土塁跡
東側・西側・南側の遺構は良好に残る。
■ 北側
国道320号線(画像左側)と国道321号線(画像右側)が通ったため遺構は破壊されている。
中央部は土塁跡であろうか。
■ 北側水堀跡
水堀の一部が残る。